あやまちと寝違えは早めに対策を

  
 
 「あ。」

気がついたら目が覚めていた。
いやまだ目は開けてないけれど、
瞼の明るさから おお朝だと感じてのこと、意識の蓋が開いており。
どんな寝相だったやら、いやにぐるぐるとくるまっている肌掛けの感触やら、
枕からだろか不意打ちで届く柔軟剤の匂いやら。
いつもの馴染みの感触やら匂いやらがしている寝床ではあるが、
昨夜どういう具合にここへ寝ころんだかが、記憶からすっぽりと抜け落ちている辺り、

 “ありゃ…。”

またやっちまったかと、性懲りのない自分へちょっぴり反省。
ただ寝つきが良いからというだけじゃあなく、
酔った末に寝入ってしまったに違いないとの心覚えがあるからで。
一人で家飲みした末のことだったなら、リビングのソファーでのお目覚めが定番だったが、

 “…う~ん。”

そろそろ夏用のタオルケットに変えた方がいいものかと思案中の大きめの肌掛けの中には、
自分ともう一人の温もりが、
角と角とを結ぶ対角線上に斜め包みにされるという変則的な寝方でくるまっていて。
やや強引に抱え込んだせいだろう、懐の中へ伏せさせるような位置関係、
よって相手の頭しか視野に入らぬが、
素人の手により不規則な刈り方をされたのが伸びたという按配の、
ほぼ白に近い白銀の髪には、中也としてはもはや愛着しか沸かぬ。
すっかりと熟睡中の虎の少年の、
力なく柔らかな肢体を供寝の相手として懐へ掻い込んでいて。
意識して耳を澄ませば、すうすうくうくうと
それは安らかな寝息が聞こえてくるのがまた、得も言われずの愛おしいばかり。
とはいえ、特に艶っぽい経緯があったわけじゃあない。
お互いに非番だったのでと、
梅雨の狭間の晴れ間にちょっと鎌倉までという小旅行をし、
出先で仕入れた馳走や美酒を広げての
遅いめの夕食を取ったところまでは何とか覚えている中也だったが、
そこから先の記憶がきれいさっぱり抜け落ちているので。
これはあれだ、酔い潰れたのを敦くんが肩を貸してかここまで運んでくれて、
そんな密着ぶりに気をよくした赤髪の兄人が“よ~しこのまま寝んぞ♪”と
有無をも言わさず肌掛けの中へ少年を引きずり込んで、
そのままあっさり寝落ちしたのに違いない。
だって二人とも部屋着のまんまであり、
敦に至ってはズボンにサスペンダーを装着したままと来て。
何かしらの間違いがあったとは到底思えぬ、ある意味 厳重な寝姿だったりし。

 “…じゃあなきゃあ、覚えてねぇ身を嘆くぞ、俺りゃあ。”

あああ、まったく何でこうも意気地がねぇかな、
いやいや、だってまだこいつは未成年の18だしな、
無理させちゃあなんねぇよな、やっぱ…などなどと。
やや寝乱れた髪を前髪から掻き上げての頭頂まで、
梳き上げたそのままわしわしと掻き回し。
誰へなんだかグダグダと言い訳をしつつ、
そおと顎を引いて胸元もやや浮かせるように引き離し、
すぐの間近に擦り寄っているお顔、起こさぬように覗き込む。
案外と長い睫毛はだが、髪と同じく淡い色合い。
なので、ちょっとくらい伏し目がちになっても
あの印象的な双眸の、紫と琥珀の綺麗なコントラストは陰ることがないのらしく。
だがだが、今は伏せられた瞼がそれを隠したまんま。
やや俯き加減になって無心に眠るその顔は、
精悍さがすぐそこまでやって来つつあるよな、
ちょっとばかり大人びた面差しに見えなくもないものの、

 「ん…。」

寝息がすうと深くなり、そのままゆったりと深呼吸。
ぎゅっと瞼が力んだその下、じっと見やってた睫毛を震わせて、
隠されていた双眸が淡色の潤みを覗かせれば、
焦点の合わぬ覚束ない寝ぼけ顔が何ともいとけなく。
ゆらゆらと落ち着かない視線は、ここがどこかをまさぐっているよう。
それがひたりと止まり、

 「…?」

遅ればせながら、誰の懐と向かい合っているのか、じわじわと思い出した彼らしく。
耳や頬が少しずつ朱に染まるのへと見惚れつつ、
そんな少年の柔らかな口許へ、手を伸べると親指の腹で唇を撫でてやり、

 おはようさん、と

ちょっぴりふざけた口調で声を掛ければ、

 「…おはようございます。」

あややと上目遣いになるのがまたまた可愛い。

 二日酔い、ないですか?
 ああ、何ともねぇ。
 それはよかったですけど…

一丁前に息をつくよに小さく笑い、

「リビングもキッチンも散らかったままですよ?」
「みてえだな。」

小さいのにそれは強かにも充実した身、ここまで運んでそぉれとベッドへ下ろしたそのまま、
食器やグラスを片づけようと踵を返しかかった少年をぐいと引っ張り、
もう寝るぞ、お前も寝るんだと、中也が子供みたいな駄々をこねるのもいつものこと。

「せめてドリアの皿は流しに浸けたかったのに。」

枕もないまま、中也の腕へ頬をこてんと転がすように寄せる仕草が何ともあどけなくて。
いっぱしの大人みたいな言いようも中也の耳には入らず、
その代わりのよに、
はさりと流れて細い首へとしな垂れた、一房の髪が眼に留まる。
ついついいつものように手のひらへ掬い取ったが、
ふたりとも横たわっているので一房の髪はするりあっさり逃げてしまい。
それだけでは物足りなかったか、
白い額にかかる髪、手のひらの底で掬ってぐいと掻き上げてやれば、
細い顎が上がって首元があらわになった。

 「ヤダ、何するんですよぉ。」

やや乱暴にも仰のけにされ、それでもお遊びや手慰みと判るので、
笑みを含ませたお声で非難し、もうもうもうと膨れた少年。
寝台の上に横になったまま、やわらかな睦言や悪戯を紡ぎ合っていたものの、

 「………。」
 「…中也さん?」

どの辺りからだろうか、頼もしくって悪戯っ子な兄人からの
反応やお返事が気がつけばまるきり無くなっており。
ちょっぴり身じろぎしつつ “どうしましたか?”と、
向かい合う彼の端正なお顔を見上げたところ、

 「な…。」

何が目に入ってそんなお顔になっているのやら、
どこか呆然自失、有り得ない幻影でも見たかのように、
切れ長の目許を見開いて、
敦くんをじっと食い入るように見やった中也さんだったのでありました。




 to be continued. (17.06.29.~)





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 *何のこっちゃな書き出しですいません。
  ちょっと離れてたせいか、気持ちばかり空回りしている感が…。